熱田神宮⛩️の歴史 5
『あつた じんぐうの
れきし 5』
熱田神宮の
歴史紹介パネルを
あつた じんぐうの
れきし しょうかい
パネルを
順番に読んでいます。
じゅんばんに よんでいます。
今回は、その5枚目です。
こんかいは、
そのごまいめです。
熱田神宮 あつた じんぐう
https://www.atsutajingu.or.jp/
タイトル
『神話と歴史でたどる
熱田神宮千九百年の歴史』3
神話と歴史でたどる
しんわとれきしで たどる
熱田神宮
あつた じんぐう
千九百年の歴史 3
せん きゅうひゃくねんの
れきし さん
【古代】 こだい
弥生時代から
古墳時代のころ
やよい じだいから
こふん じだいのころ
※弥生時代 やよい じだい
紀元前10/3~紀元3世紀
きげんぜん じゅう/
きげんぜん さん から
きげん さんせいき
紀元前 きげんぜん:BC
紀元 きげん:AD
※古墳時代 こふん じだい
紀元3~7世紀
きげん さん から
ななせいき
本文 ほんぶん
熱田神宮は、名古屋城辺り
から南へ伸びる
あつた じんぐうは、
なごやじょう あたりから
みなみへのびる
標高8~15メートルの
ひょうこう はちから
じゅうごメートルの
熱田台地の南端に鎮座
します。
あつた だいちの
なんたんに ちんざします。
台地上には稲作が始まった
だいち じょうには
いなさくがはじまった
弥生時代の宮廷式土器が
やよい じだいの
きゅうていしき どきが
出土した高蔵遺跡や
しゅつどした
たかくら いせきや
熱田神宮境内遺跡
などがあります。
あつた じんぐう
けいだい いせき
などが あります。
豪族の墓である古墳も
存在し、
ごうぞくのはかである
こふんも そんざいし、
日本武尊が白い鳥となって
やまと たけるの みことが
しろいとりとなって
舞い降りたという
白鳥古墳や
まいおりたという
しろとり こふんや
妃の宮簀媛命の墓と
いわれる
きさきの
みやす ひめの みことの
はかといわれる
断夫山古墳もあります。
だんぷやま こふんも
あります。
当神宮ではこの二つの
古墳を御陵として祀り、
とう じんぐうでは
このふたつのこふんを
ごりょうとしてまつり、
毎年5月8日には
まいとし ごがつ
ようかには
御陵墓祭を行っています。
ごりょう ぼさいを
おこなっています。
公開日 2025/05/17
更新日 2025/06/18